大判例

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名古屋高等裁判所 昭和53年(ラ)73号 決定 1978年5月18日

抗告人

山下一郎

右代理人

大野悦男

相手方

山下春男

主文

原審判を取消す。

本件を岐阜家庭裁判所に差戻す。

理由

一抗告人の抗告の趣旨及び理由の要旨は

「抗告人は相手方の父で相手方は抗告人の長男であるところ、(一)相手方は抗告人と次女優子が居住する岐阜市新栄町二丁目八八番地・八九番地宅地114.38米(以下八九番の土地又は本件土地という)及び同地上家屋番号八九番木造瓦葺二階建店舗兼居宅床面積一階113.32平方米、二階99.93平方米のうち西側一戸建床面積一階約27.74平方米、二階33.31平方米(以下八九番家屋又は本件家屋という)を対税上形式的に相手方名義に登記してあるのを奇貨として上村建設株式会社に売却した。本件土地・家屋は実質的には抗告人の所有であり、長年抗告人、前記優子ら家族が居住してきており、相手方名義としてあつてもこれを他に売却処分をしないことを相手方に約束させていた。しかるに相手方が抗告人に無断で売却したため買主上村建設株式会社から昭和五〇年五月明渡訴訟を起され、裁判上の和解によりやむなく僅かな立退金をえて退去せざるをえないこととなつた。相手方は従前抗告人らが相手方に一度も賃料を払つたことがなかつた(自己の所有であり当然であるが)のに右売却直前の昭和四九年一二月二四日抗告人方にきて無理矢理貸室賃貸借契約書に次女優子として署名させ本件家屋につき賃貸借契約を偽装し、右貸主としての地位と共に前記会社に譲渡したのである。同会社は右事情により抗告人又は優子が賃料の支払をしなかつたのを奇貨として前記明渡訴訟を提起したが、同訴訟においては相手方は必ず出廷して右会社に応援加担していた。右訴訟で抗告人らが和解に応じたのは、本件土地・家屋が実質抗告人の所有であることは事実であるにせよ、相手方の名義にしておいたばかりに第三者である同社には対抗できず、勝訴の見込がないため代理人弁護士の忠告もあつてやむなく半年住み慣れた自己の家を泣く泣く明渡さざるをえなかつたためである。かかる結果を招いたのは全部相手方の親子の道義に反する行為によるものにほかならない。(二)相手方はまた抗告人所有の岐阜市早田東町一〇丁目四六番地の二宅地142.76平方米(以下四六番の二の土地という)及び同市大字日野字北中川原二七八四番宅地四四九平方米(以下二七八四番の土地という)の二筆の土地につき、これを抗告人から贈与をうけたものと主張して抗告人に対し処分禁止の仮処分を申請し岐阜地方裁判所は昭和五〇年四月二四日右申請を認容する仮処分決定をなしたが、相手方はさらに抗告人を被告として右各土地について所有権移転登記を求める訴訟を提起し同裁判所昭和五〇年(ワ)第一五九号事件として現に係属中である。抗告人は一時違言状をもつてこれらの土地を相手方に分配することとしたことはあるが直ちに贈与すると約束したことはなく、このことは右各土地の登記簿謄本に始期付死因贈与の仮登記のあること及び遺言状からしても明らかである、仮に相手方のいうとおり贈与したものとしても、父が子に恩愛によつて相続させまたは贈与したものをその父の生存中に仮処分をし、訴訟を提起してまで父親から剥奪しようとするのは余りにも非人道的である。(三)相手方が申立人に対して暴言、暴力を繰返していることは客観的事実であり、目撃者もあることで相手方が否定しているのは明らかな強弁である。(四)また相手方は抗告人に無断で抗告人所有の土地を領得したり、これを売却してその代金を税金を払うといつて大部分横領したりしているのである。

以上の諸点は民法八九二条に推定相続人廃除の事由として規定された「著しい非行」又は被相続人に対する「虐待」、「重大な侮辱」にあたるものである。よつて抗告人は相手方の推定相続人廃除の申立をしたところ、原裁判所は単に抗告人と相手方の両者を調べただけで相手方の言い逃れを信用して簡単に抗告人の申立を却下した。しかしこれは真実に反するもので取消を免れがたい。すなわち

(一)の点は本件土地・家屋は抗告人一家が建築以来生活の根拠として居住しているところであるが、これをいずれ長男たる相手方が相続することになるからとて税金対策上所有名義を相手方にしただけで世間によくある例であるのに原審判はこれを考慮せず、却つて相手方の不自然な主張を容認した。本件家屋建築当時、相手方は二三才位で収入もさほど建築資金をまかなう能力はなかつたのはともかくとして、相手方は本件土地・家屋は祖父春三郎(抗告人の父昭和三九年七月死亡)が相手方のために区画整理の余剰地を買い入れ、また他の所有土地を売却した金の一部をもつて相手方のために本件家屋を新築してくれたものであるというが、その「他の土地」というのが明確でないだけでなく、そもそも抗告人一家が住む家屋敷を春三郎の長男である抗告人を飛びこえてその孫である相手方のために取得しまた建ててくれることは考えられない。真実は本件土地は抗告人の弟山下二郎が買つたものを抗告人がその所有の岐阜市学園町三丁目四番畑二一九平方米と交換して取得したもので、同地上の本件家屋も抗告人がその所有の岐阜市津島町五丁目四六番畑五〇三平方米を山下博に売却しその代金の一部をもつて建築したものである。この点は土地につき山下二郎を、家屋につき山下博及びこの建築を請負つた大工棚橋直正をそれぞれ調査すればいずれが正しいか判明することであるが、原審判はこれを怠りながら安易に相手方の供述を採用して事実認定を誤まつたものである。

(二)の点について原審判は相手方が抗告人に対し仮処分をしたり訴訟を提起することは正当な権利の行使であるというが、通常の場合はともかく本件のように父が子に贈与又は相続させようとしたものを父の生存中に訴訟を提起してまで取上げようとするのは前記のようにあまりにも非人道的というべきである。抗告人は相手方から右訴訟を提起されている物件以外には何の資産もなく、他に収入もなく現在は狭い小屋に住んでいて悲惨な生活をしている。

(三)、(四)の点についても客観的な事実について第三者的な証人があり、調査すれば直ちに判明することである。原審判は抗告人の審問の結果があいまいであるとしてこれを排斥しているが、抗告人はかなりの高令で記憶力も衰え話しも上手ではないが真実を語つたのである。自分の長男を嘘ついてまで廃除することはない。事実そのようなことがあつたからこそ思いあまつて廃除の申立に及んだのでありその心情を思うべきである。

以上の次第で原審判は相手方の主張を容れるに急で審理を尽さず、ひいて事実を誤認して抗告人の申立を却下したものであるから取消されるべきである。」

というにある。

二よつて按ずるに、原審判は抗告人の申立理由前項(一)について、それが民法八九二条の「非行」にあたらぬことの前提として本件土地・家屋が相手方の所有に属するものであると認定し、これを他に譲渡処分することは相手方の当然の権利行使であるといい、またこれを買受けた上村建設株式会社が提起した本件家屋明渡請求訴訟につき抗告人が訴訟上の和解をなしたことは相手方の関知しないところであるという。しかしながら本件土地・家屋が抗告人と相手方間において真実登記簿上の名義のとおり相手方の所有であつたのか、或いは抗告人主張のごとく実質抗告人の所有であつたのかは本件における最も重大な争点とみられるところ、原裁判所はこの点について抗告人と相手方両名の調査、審問をなした以外に格別の調査を遂げた形跡がみられない。しかして抗告代理人はこの点について昭和五二年九月八日受付の準備書面中に他の証拠方法を提示してこれらを取調べることによつて真実が判明する旨の申立をなしていることが明らかである。また相手方の主張する祖父春三郎から本件土地・家屋を贈与されたとの点については抗告人が指摘するような疑問を投ぜられても経験則上不自然とは思われない。従つてこれらの点についてなお納得のできる調査究明を尽したのち原審判の認定に達したとしても遅きに失するものではなく、或いは別の認定に至ることがないとも断定しがたい。そうすると原審が殆んど当事者両名就中相手方の調査・審問の結果のみに依拠してたやすく本件土地・家屋が名実ともに相手方の所有であつたとの相手方の主張にそう事実をそのまま肯認したのは早急に結論を出した嫌があつて審理不尽のそしりを免れ難いものといわなければならない。

三また仮に本件土地・家屋が相手方の所有であつてその売却処分が相手方の権利行使であるとしても、本件家屋には相手方の父たる抗告人及び独身の姉優子が永年居住しているのであるから、これを売却するには子(弟)たる相手方としてはその結果招くべき事態について全然無関心であつてよい筈はなく、当然にこれを考慮すべきものと考えられる。一件記録によると相手方は本件土地・家屋について従来抗告人又は姉優子から地代・家賃を受領していたことはなかつたのに上村建設株式会社に譲渡する直前の昭和四九年一二月二四日急拠姉優子との間に本件家屋の賃貸借契約を証する貸室賃貸借契約書を作成したうえ右譲渡と共に相手方の本件家屋の貸主としての地位を右会社に引継いだ形式をとつたこと、同会社は抗告人らに対しその賃料不払いによる契約解除を理由として本件家屋の明渡を求める訴を岐阜簡易裁判所に提起し、抗告人も弁護士を代理人として応訴したが結局訴訟上の和解により抗告人らは金二〇〇万円の立退料をえて昭和五二年一月二〇日限り本件家屋を退去明渡す旨の訴訟上の和解が成立し、抗告人はこれに従い本件家屋を明渡し、本件土地の南に続く抗告人の二男義男所有名義の岐阜市栄新町二丁目八八番地上の抗告人一家が本件家屋に移り住む以前に居住していた古家に移つたこと、しかして抗告人は既に相当の高令であつて収入も期待しがたく、資産とては別に相手方から贈与を原因として移転登記を訴求されている四六番の二及び二七八四番の各土地以外には存しないことが認められる。しかして相手方が上村建設の提起した右明渡訴訟の弁論期日に訴訟当事者でないのに出廷して同社を支持する動きに出ていたことも窺うに難くない。右事実によれば相手方はたとえ外形上自己の権利行使であるとしても父たる抗告人が現に永年生活の本拠として居住していた本件土地・家屋を、その意思に反して売却することにより、抗告人において従前存した安固な居住関係を脅かされることになる点について格別配慮した形跡がないばかりでなく、その行動の意味や動機如何によつては抗告人に対するさらに意図的な作為(例えば抗告人の追い出しを策したなど)を推認させることともなりかねない。従つてこれらの点に思いを至すならば本件土地・家屋が相手方の所有であるからといつて直ちにその売却処分が当然の権利行使であつて抗告人との関係で何らかの非行とならないものと単純に断定し去るべきものとは考えられない。原審判はこの点においてもまた審理を尽したものなしがたい。

四抗告人の申立理由中前記一、(二)の点について原審判は子が父に争いある権利関係について自己の主張を仮処分又は訴訟によつてなすことはこれまた当然の権利行使であるというけれども、単なる言いがかりにすぎない。理由のないことの一見明白な訴訴行為が権使行使の名に値しないのは勿論であり、子が父にかかる訴訟行為をしかけることが果して民法八九二条の「侮辱」、「非行」その他の廃除原因にあたらないといえるかは相当に疑問であるのと同様、争いある権利関係について仮処分ないし訴訟を提起する限りそれはすべて右廃除原因にあたらないとすることはできない筋合いである。それが真の廃除原因になるかどうかは右訴訟行為をなすに至つた動機、原因その他の諸事情について考察しなければならない。一件記録によれば、相手方は四六番の二の土地及び二七八四番の土地につきこれを昭和四九年一二月抗告人から贈与をうけたものとして抗告人を相手方として処分禁止の仮処分を得、さらにその所有権移転登記を求める訴訟を提起して係争中であるが、相手方が贈与を受けた根拠として援用する乙第三号証はその記載から直接右事実を証するに足りるものかについては充分明らかでなく、却つて両土地の登記簿謄本の記載にみる限りは抗告人の死亡を始期とする始期付死因贈与を原因として相手方に始期付所有権移転登記がなされていて直ちに相手方が贈与をうけたものでないことが明らかである。また右各贈与は抗告人の遺言状によつてなされたものと窺われるところ、抗告人は相手方の前記訴訟の反訴として右仮登記の抹消を求めていることが明らかで、このことからすれば現在又は将来において前記遺言が維持されることは甚だ困難な状態にあるといわなければならない。そうであるとすれば、右贈与を原因とする相手方の仮処分及び訴提起行為が、民法八九二条の廃除原因とならないとするにはさらに右訴訟行為の動機、原因、理由の有無の見通しなどについて慎重な審按を要するところと考えられるが、原審判はこの点についても充分審理を尽したものとは考えられない。

五以上の次第でその余の点についてみるまでもなく本抗告は理由があり、抗告人の本件申立についてはなお叙上の点につき審理を尽すべきであると考えられるので原審判を取消し、本件を岐阜家庭裁判所に差戻すこととし、家事審判規則一九条一項により主文のとおり決定する。

(丸山武夫 山下薫 上本公康)

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